臨床心理士は心理カウンセリングのエキスパートです。活躍する業界は医療・保健、教育、福祉、労働・産業など多岐にわたります。とくに医療・保健分野で活躍する臨床心理士が多く、その数は臨床心理士全体の4割ほどといわれています。
医療機関で働く看護師のなかには、同僚に臨床心理士がいるという人もいることでしょう。臨床心理士の主な活躍の場は精神科や心療内科、小児科のある病院やクリニック、精神科デイケアなど。うつ病や不安障害、認知症などを患う人のサポートを担います。
この記事では臨床心理士について掘り下げていきます。自身の職場に臨床心理士がいる人、心理職に興味のある人は、仕事内容や役割について知る機会にしてください 。
臨床心理士とは
臨床心理士はメンタルケアの専門家で、「日本臨床心理士資格認定協会」が認定する民間資格です。1988年に資格制度が設けられてから35年以上が経つ2024年4月現在、臨床心理士の数は41,883名にのぼります。
臨床心理士の役割は、精神的な悩みや不安を抱える人の相談相手として寄り添い、問題解決のためのアプローチをすること。臨床心理学に基づいた心理療法の知識・技術を用いて心に傷や問題を抱える人をケアし、「自分らしく生きること」を支援します。
臨床心理士と公認心理師・心理カウンセラーの違い
メンタル系の資格はいくつかあり、代表的なのは臨床心理士と公認心理師のふたつです。同じくメンタル系の職業として耳にすることの多い“心理カウンセラー”は資格の名称ではなく、メンタルケアの専門家として働く人の総称です。
では臨床心理士と公認心理師の違いはどこにあるのでしょうか。臨床心理士は「日本臨床心理士資格認定協会」が認定する民間資格です。一方で公認心理師は、文部科学省・厚生労働省が管轄する国家資格で、2015年に成立した“公認心理師法”にもとづき、文部科学大臣及び厚生労働大臣が認定します。
公認心理師試験の開催や資格の登録・管理については、一般財団法人公認心理師試験研修センターが文部科学省と厚生労働省の指定を受けて行っています。公認心理師は2017年の公認心理士法施行から2024年現在に至るまで、心理職の中で唯一の国家資格です。臨床心理士と公認心理師の業務内容に大きな違いはありませんが、公認心理師には心の健康に関する教育活動や情報提供がより求められるようです。
臨床心理士の具体的な仕事内容
ここからは、臨床心理士に求められる4つの専門業務を紹介します。
①臨床心理査定
臨床心理士が相談依頼者(クライエント)の精神状態をチェックすることを「臨床心理査定」といいます。臨床心理査定はさまざまな心理テストや観察面接を行い、クライエントの独自性や個別性の特徴、問題の所在などを明らかにするものです。臨床心理士はクライエントの心理査定を通し、その人が抱える心の問題に対して、どのようなサポートが望ましいかを導き出します。
心理テストや性格タイプのテストを受ける際に“診断”という言葉を目にしたことのある人も多いのではないでしょうか。臨床心理査定にもイメージとして“診断”という言葉を使いたくなるところですが、ここでいう“査定”とは「査定を受ける人の立場から、その人の特徴を評価する専門行為」のことをいいます。一方で“診断”は「診断する人の立場から対象の特徴を評価すること」を指します。臨床心理士はクライエントの立場からその人の心理状態などを評価するため、“診断”ではなく“査定”という言葉が用いられるのです。
②臨床心理面接
「臨床心理面接」は臨床心理士の中心的な役割です。臨床心理面接とは、臨床心理士とクライエントの間で行われるカウンセリングのことをいいます。臨床心理面接では面接に訪れる人の悩みや特性・特徴に応じ、精神分析・集団心理療法・行動療法などさまざまな技法を用います。箱庭療法や認知療法といったセラピー名は耳にしたことのある人も多いかもしれません。臨床心理士はそれらのなかからクライエントの悩みや特性・特徴に応じた手法を選択し、心の健康回復・改善を支援していきます。
臨床心理面接で言葉を交えることにより、臨床心理士とクライエントの間には共感・納得・理解といった感情が生まれます。クライエントの心を整理したり新たな視点に気付かせたりすることは、臨床心理士をはじめ、カウンセリングの専門家のみが行えるサポートです。
③臨床心理的地域援助
臨床心理士のカウンセリングの対象となるのは、個人のクライエントだけではありません。臨床心理士は、地域のコミュニティや学校・企業など組織全体のメンタルサポートも行います。
これを「臨床心理的地域援助」といい、心の健康維持のための支援や災害・事件・事故により心に傷を負った人たちのメンタルケアを担います。この活動では、地域で暮らす一人ひとりのプライバシーを守りつつ、コミュニティ全体の情報整理や環境調整を行います。またその一環として、生活環境の改善や健全な発展を目指し、地域に対して心の健康に関する情報提供・発信や提言も行います。
④調査と研究活動
臨床心理士にとって、“調査”と“研究活動”も重要な仕事です。調査・研究の目的は、心の健康増進や問題解決のために必要な技術や知識をより確実なものにすること。なかでも心理臨床の具体的な事象や出来事について調査する“事例研究”はとくに重要なものです。クライエントが抱える悩みや不安、属するコミュニティの状況は、時間や時代と共に変化していくもの。過去の知識だけでは悩みや不安に対応しきれない可能性もあります。そのため常に最新の知識や事例を取り入れることは、臨床心理士の大切な仕事のひとつといえます。
臨床心理士の主な職場
ここからは、臨床心理士がどんな場所で活躍しているかを紹介します。
医療・保健関連
臨床心理士の多くは医療・保健関連の現場で活躍しています。看護師のなかにも、臨床心理士とともに働いたことのある人は多くいるでしょう。
医療機関の臨床心理士は主に、精神科・心療内科・小児科といった領域で働いています。また緩和ケアを受けている人や慢性疾患を抱える人のメンタルサポート、認知症患者の支援なども行います。
保健関連の施設で臨床心理士が活躍するのは、保健所や保健センター、精神保健福祉センターなど。ひきこもりの家族を抱える人からの相談、アルコール依存症や薬物依存症の家族を抱える人への指導、思春期相談などを行います。
教育関連
教育の現場にも、メンタルケアのスペシャリストの力は欠かせません。小学校・中学校・高校・大学といった教育機関でのスクールカウンセリングのほか、教育研究所や教育相談機関での相談や指導を行う臨床心理士もいます。
教育機関で働く臨床心理士は、児童・生徒・学生や保護者、教職員の相談対応や支援を行います。主な相談・支援内容は発達に関する悩みや学業についての相談、人間関係の不安など。本人や保護者との面談・面接のほか、教職員への助言や提言も実施します。
福祉関連
臨床心理士は児童福祉施設や高齢者・障がい者ケア施設 でも活躍しています。ほか、児童相談所や市区町村の子育て支援担当課、女性相談センター、女性自立支援施設なども活躍の場です。サポートするのは精神障がいを抱える人やDV被害者、高齢者などで、複雑な家庭環境に悩む人や心に問題を抱える人たちです。児童福祉施設では、発達障害や学習障害を抱える子どもとその保護者のサポートも行います。
企業
企業で働く臨床心理士は、産業カウンセラーや相談員とも呼ばれます。所属する企業の従業員のメンタルヘルスケアやストレスチェックを行います。これにより、心の不調を抱えながら働く人、その予備軍となる人を把握し、心の不調を抱かずに、また軽減して働けるよう支援します。スタッフ向けに講習を開催し 、メンタルケアに関する情報提供や指導を行うことも役割のひとつです。心に不調を来たしてしまったスタッフに対しては、カウンセリングや職場復帰支援プログラムを実施。また厚生労働省が定めるメンタルヘルス対策「従業員支援プログラム(EAP)」への参加を促すこともあります。
参照元:厚生労働省 e-ヘルスネット「EAP / 社員支援プログラム」
司法・法務・警察など
司法・法務・警察などの現場にも、臨床心理士が活躍する場面が多くあります。たとえば家庭裁判所では、少年事件や離婚訴訟などに調査官として参加。鑑別所では少年事件の際に、法を犯した未成年の少年少女の特性を踏まえて処遇を検討。さらに刑務所では、受刑者へのカウンセリングや集団療法などを行います。警察でも少年非行に関する相談や支援を担当したり、犯罪被害者のメンタルケアを担当したりします。
臨床心理士の現状
従来は主に、医療機関や福祉の現場で活躍していた臨床心理士。昨今では教育や司法の現場、企業などにも活躍の場を広げています。心に不調を抱えメンタルケアを必要とする人は 、年々増え続けています。そのため臨床心理士の配置を考える教育機関や企業が増しており、臨床心理士のニーズは高まっています。
臨床心理士の需要が高まっている背景
ストレス社会ともいわれる現代では、老若男女問わず心理カウンセリングを必要とする人がたくさんいます。
2011年の震災以降は、災害により心に傷を負ったり、将来に不安を感じたりする人が急増。メンタルケアの重要性が世間に認知され、「自分にも無関係なことではない」「もしかしたら心が元気じゃないのかも」と考える人が増加しました。メンタルケアが身近なものとなったことで、心療内科クリニックやカウンセリングに足を運ぶ精神的なハードルは以前よりも低くなり、患者数は増えているのです。
患者数の急増
五大疾病として知られる “がん”・“急性心筋梗塞”・“脳卒中”・“糖尿病”・“精神疾患”。これらは日本人の罹患率が高く、死亡率も高いため、継続的な治療が必要とされています。そのなかでも精神疾患の患者数は2008年時点でもっとも多く、さらに度重なる大規模災害の発生、経済の低迷、社会の超高齢化と課題をいくつも抱える現代日本では、患者数は増加の一途を辿っています。とくに就労世代のうつ病や高齢者の認知症、子どもの不登校などは、深刻な問題のひとつです。
メンタルの不調に伴う医療機関の受診者数が増えているとはいえ、そのすべての人に対して臨床心理士が面談を行えているわけではありません。社会のニーズの高まりに対して、臨床心理士の数はまだ追い付いていない状況です。
参照元:e-GOV 法令検索「医療法施行規則第30条の28」
厚生労働省「05 資料2 5疾病5事業(総患者数)」PDF/P8
スクールカウンセラーの需要の高まり
メンタル面の不調を抱える子どもに対し、サポートを行うスクールカウンセラー。この制度が開始されたのは1995年9月のことです。当時の文部省(現文部科学省)が立ち上げた「スクールカウンセラー活用調査研究委託事業」により、全国154校にスクールカウンセラーが派遣されました。
なおスクールカウンセラーの配置方法には以下の3種類があります。
● 配置校方式:配置された学校のみを担当
● 拠点校方式:配置された学校を拠点とし、周辺の学校も担当
● 巡回方式:いくつかの学校を定期的に巡回
不登校やいじめなどの問題は年々増加。子どもや保護者が抱える悩みに応える形で、文部科学省は2008年に「スクールカウンセラー活用事業補助」を開始し、全公立小中学校へのスクールカウンセラーの配置・派遣を進めています。
一人の臨床心理士が多くの学校を担当する拠点校方式・巡回方式よりも、配置された学校のみを担当する配置校方式のほうが一人ひとりに対し深いサポートができるもの。より良い環境を整備するために、スクールカウンセラーを務める臨床心理士の需要はますます高まっています。
参照元:文部科学省「2 スクールカウンセリング制度の概要」
参照元:文部科学省「スクールカウンセラー等活用事業補助」
若者からの需要の高まり
若年層ではとくに、学校に通う児童や生徒・学生のニーズが高まっています。子どもたちが心に抱える不安・不調・悩みは多種多様です。学校でのいじめ、不登校やひきこもり、友人や教職員 との人間関係の悩み、虐待、DVなど家庭環境の問題と多岐にわたります。
また就労世代は多くのストレスと闘いながら働いているもの。社内の人間関係や長時間労働による疲弊、労働環境といった仕事上のストレス、低迷している日本経済への不安などにより、知らず知らずのうちに心の健康が損なわれている人は多いのです。精神的な悩みを原因とする不眠や食欲不振、腹痛を抱えながら仕事を続ける人もたくさん。その結果、心療内科への通院やカウンセリングを受けることを考える人が増加し、臨床心理士の面談を求める声は高まっているのです。
災害時の精神的なケア
“災害大国”ともいわれる日本では、年間を通し自然災害が頻発しています。災害が心に与える影響は計り知れません。実際に被災していなくても、ニュースやSNSで情報を見聞きし、不安な気持ちになったり寝付けなくなったりと、負の影響を受けてしまうこともあるでしょう。
阪神淡路大震災が起きた1995年は、ちょうどスクールカウンセラー制度がはじまったタイミング。震災により大きな被害を受けた兵庫県では、被災各地域に心のケアを目的に特例として13名のスクールカウンセラーを追加で配置しました。また東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨においても、被災者の心のケアのために臨床心理士が活躍しました。自然災害と切っても切れない日本では、臨床心理士の存在は重要なものなのです。
臨床心理士に向いている人の特徴
臨床心理士に向いているのは、以下のような特徴に当てはまる人です。
● 親身になって人の話を聞け、冷静に判断できる人
● 気持ちの切り替えができる人
● 継続的に学習できる人
「 クライエントに親身になれること」は医療や福祉分野に関わる仕事に必要不可欠なスキルです。心に不調を抱える人と向き合う臨床心理士には、とくに必要な力といえます。とはいえ、クライエントに感情移入しすぎてしまっては適切なアドバイスができません。クライエントに寄り添う気持ちと同時に、冷静な視点と思考を維持できることが大切です。冷静に判断して言葉をかけるためにも「気持ちを切り替えることができる力」も欠かせません。
また、脳や精神はまだまだ科学的にも明かされていないことが多い分野です。研究が進むにつれて、サポート方法のトレンドや要因に対する考え方も年々変わっていきます。そうした変化をタイムリーにキャッチし、「継続的に学ぶ姿勢」も臨床心理士としての活動に活きる力です。
臨床心理士の仕事のやりがい・メリット
心を支えるプロフェッショナルである臨床心理士のもっとも大きなやりがいは、やはり「クライエントが元気を取り戻すためのプロセスに携われること」 にあるでしょう。クライエントの症状・状態が良くなることにやりがいを感じるという声は、臨床心理士から多く上がります。「元気になってきたからこんなことに挑戦してみたんです」「最近は調子が良くて、出かける頻度も増えました」といった笑顔や言葉は、臨床心理士自身ががんばるための活力に。これらはメンタルサポートの専門家である臨床心理士だからこそ得られる満足感ともいえるでしょう。
臨床心理士が抱える課題
需要が高まる一方で、臨床心理士の待遇は “良い”とは言い切れないのが実情です。日本で活躍する臨床心理士の平均年収は約350万円といわれており、民間の企業や事業所で働く正社員全体の平均年収と比較すると低い水準です。高い専門性と責任が伴う臨床心理士の仕事。待遇の改善は今後急務といえるでしょう。
臨床心理士になる方法
臨床心理士になるには、日本臨床心理士資格認定協会の資格試験に合格する必要があります。資格試験を受けるには、日本臨床心理士資格認定協会が定める7つの受験資格基準のうち、いずれかを満たしていることが求められます。受験資格基準は以下の通りです。
出典元:日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士資格認定事業」
試験は年1回で、例年10月から12月にかけて東京都にて行われます。一次試験は筆記で多肢選択方式試験(マークシート方式)と論文記述試験のふたつ。二次試験は面接で2名の面接委員による口述面接試験となり、2名の面接員からの質問に回答します。
なお、合格通知を受け取った後は資格認定証書の交付手続きを期日までに完了する必要があります。
まとめ
高齢化社会の加速による認知症の増加や終末期医療拡充の急務 、働き手の減少などにより、臨床心理士の需要は今まで以上に高まることが予想されます。看護師として働くうえでも、臨床心理士と協働 ・連携する機会は増えるかもしれません。
臨床心理士の試験は年間1000~2000名が受験し、その合格率は60~65%ほどと難易度は高め。それだけの勉強を重ね専門性を身に付けた臨床心理士は、チーム医療において重要な役割を果たします。ともに働く看護師にとっても心強い存在といえるでしょう。
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